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すきなものこと

好きを模索して謳歌する

物を買う不安と私の親でなし

私は働けないから物が買えない。

しかし2万円をふと渡されても物を買うのに臆病である。

 

私の実家はNECのうなぎのぼりで金銭感覚が愉快な家であった。

ゲーセンに行けば一万円が飛び、外食もまぁまぁ行ける。

父の口癖は「金はあるうちに使え」である。

 

そんな私は誕生日と何故か入賞するコンクールでゲームを買ってもらう。

裕福であった。豪邸とかではないし犬が駆け回りもしない。

しかし私はゲームを持つことである恐怖に襲われることとなった。

「ゲーム捨てるよ」という脅し文句である。

父も私がゲームで悔しがってムカムカしてると

「そうなるくらいなら捨てなさい」とマジギレしてくる人だった。

ゲームは楽しく充実していなきゃいけないという完璧主義に取り憑かれた。

 

あとは「必要なものだけ書いなさい」という発言だが、

たぶん年齢独特の口癖である。本当面倒なお年頃である。

 

一方で母親は「〇〇しないと捨てちゃうよ」という人間である。

この〇〇の部分は勉強とかが入る。

しかし私は進研ゼミと宿題はやっていた。しかし怒られた。

未だに何故だろうと思う。たぶん家の手伝いだ。

しかしこの親、子供がやると遅くなるのでやらせないという存在。

手伝いをしているというより、させてもらっているという感覚に陥る。

褒められたいのは相変わらずだが、方法がわからないのだ。 

 

これに輪をかけて私が物を買うのに臆病になった理由というのは

「せっかく〇〇買ったのに売っちゃうの?捨てちゃうの?」

という発言をする人間なのだ。たまに何か捨てなさいとキレる。

次に何かが好きになった時にも

「どうせ飽きちゃうんだしいらないんじゃない」と言ってくる。

ここまでくると何を好きになれば正しいんだと思い始めるのだ。

漫画本集めとか買うのが怖い。ヲタクにとっては地獄からの叫びである。

 

その影響で私はパソコン内の娯楽がとても気楽に楽しめた。

手にものがない。親の目に入らない。なんて楽なんだ。

加えて食べ物に固執するようになった。

親も食べるし、ケチつけられない。残らない。最高である。

おかげで食べ物と食べる空間にうるさい女になった。辛い。