すきなものこと

好きを模索して謳歌する

貴方がいるから、これが正解、これが完成

私は頭にお説教が再生されることを恐れています。

渦巻く感情に飲まれ、記憶に流され、まだまだ不安定です。

そんな私のそばにいてくれる夫は、この世のどんな者より、

自分の会ったことのない偉人と比べても最も大切な人です。

 

私は出来底ないです。専業主婦で楽をしているのではなく、

何も出来ないけど専業主婦はさせてもらっているというほど、

私は頭を動かすのも、体を動かすのも不器用です。

何かしようとして迷惑をかけることが今でもあります。

 

だけど子供の頃からのお姫様願望を叶えてもらいました。

誰の押しつけでもない、正義でもない本当の欲が叶いました。

誰かの為でもない、私と彼だけ。

 

だから早く、この頭の声ともお別れしたいです。

今日はこの頭の声の正体をここに暴いておきます。

ただ、天使と悪魔の例えを使うなら天使の声なのでしょう。

 

子供の頃、いろんな大人が口を揃えて言うのです。

お友達、大切な人、尊敬する人を見つけなさいと。

それから私は、誰にしよう、誰にしようと思いつつ、

誰かの口真似で人と触れ合おうとしてきました。

 

私は昔から毎度通知表に繊細と書かれるほどには繊細で、

人と会うことで人と人が違うこと、すりあわせていくことが、

宝だ、幸福だ、利益になることだと聞かされながらも、

恐怖と悲しみが積み重なるばかりでした。

集団の中で私はたくさんの目と口に怯えて過ごしていました。

 

母は見たこともない聖人になれと教わり、それを私にも言いました。

ただ見本がないのです。加えて心は形作れないのです。

母は触れ合え、学べ、許せ、迷惑をかけるなというばかりで、

何をすればいいのかは全く教えてくれませんでした。

気持ちをひたすらに否定され続けました。

 

子供の私に、礼儀だと大人用の熱い茶碗を持たせたりとか、

人に対してそういう振る舞いはいけないとか、ゲームを捨てるとか、

我儘だと、何様だと、人を綺麗に思わない貴方は可哀想だと言われ、

その人も私を虐げることが多く、私はただ消えてなくなりたくなりました。

 

尊ぶべきもの、志すべきものに、私が反抗心を持つのは当然のことでした。

ただ私は自我がないそうで、何をしたらいいのかわかりませんでした。

今も自分の好きな色、食べ物、はっきり答えられません。

女の子らしいとか、好きな人の好きな色とか、自分の判断がないのです。

物が増えれば捨てると言われ、飽きれば好きになることが無駄と否定され、

食事をし、自慰に耽り、残らない刺激を貪るようになりました。

人の悪意を見るな、見るお前は醜い、という声は消えませんでした。

 

数年間見ていたネットで、はじめて人と出会う決意をしました。

行き先で殺されるのならいっそ殺されてしまおうと、

母に蔑む目に背を向けて家を出ました。

 

そうして出会ったのが旦那でした。

私はカウンセラーと離したことが何度もありましたが、

ここまで私を見てくれた、知ってくれた、

気づいてくれた人は、本当にはじめてでした。

もう自分の不幸や悲しみを伝えようとして、悲劇のヒロインぶってると、

否定されることもありません。

 

何かを買っても、飽きても、否定されません。

一人でいても、他の人と関わらなくていいと言ってくれました。

私の気持ちは、ようやく人の目のない所に行くことが出来るようになりました。

 

頭の声はまだ聞こえます。

生産的趣味を持て、明るく生きろ、人とつながれという声が。

だけど、今の私にはもう必要ありません。

人と合わせる為に、趣味のある愉快な人間になろうとする為に、

不器用な私が何かを好きだということにしなくてもいい。

世間的に明るい人じゃなくても、自分に寄り添う人の方がいいと言えるし、

頭が悪いので人と関わるなんて複雑な作業をしない方がいいと否定出来ます。

 

逃げてる、逃げてる、と頭がそのたびに私を責めて来ますが、

この声がはっきり役に立つことを言ったことは一度もありません。

それはこの声を聞いてきた私自身と、それを知ってる旦那が保証しています。

だから、この声もなくなって、本当の二人の暮らしが始まるのはもうすぐ目の前です。