すきなものこと

好きを模索して謳歌する

八方美人の足元は泥

逃げても何も変わらないというタイトル。私はその単語を見て一目散に逃げ出した。
何故なら逃げ出せれば幸せであったし、それがわかったのが経験と言ってられるほど、トラウマというのは簡単に薄まるように出来ていない。

秋に入ってから母に怒鳴られたり殴られる悪夢ばかり見るようになり、朝は最悪に始まるようになっている。

はてなのトップに他人のブログを乗せるシステムは本当に嫌いだ。
しかし色味の少ないブログデザインと、広告の少なさは好きでいる。広告の言葉で傷つくこともある私は。広告からも逃げている。

なんでもあればあるほどいいとは限らない。部屋の大きさも、声の大きさも、冷蔵庫の野菜も、人脈も。

私は人脈が出来ることが幼少期から大嫌いだった。
理由は神経質で八方美人の母親にあった。
母は友達が多い人は素敵だと憧れながら世間の目を大いに気にした。

私が人と関われば人様に迷惑かけないかが問題であり、私が楽しいかなんてどうでもよかったのだ。
なにせ楽しかったかどうかより迷惑かけてないかを心配していたし、喧嘩をすると内容そっちのけで私に否があると見ていたし、相手に否があってもそうさせる理由が貴方にあると疑ってかかる。

母は叱るときに名前呼びではなく貴方呼びになる。まるで今の貴方は自分の子ではないように。人を思う私から生まれた子ではないと言わんばかりに。

それは母と私の知る人脈の数だけ好かれなくてはならないというプレッシャーでした。20人いたら20人に不満を与えずにいないと母から優しさを与えてもらえないのです。そうでないと不満を持った1人に母の意識はつきっきりになってしまいますからね。

人は複雑に並べられた割れ物のようで割ると母が襲いかかってくる。
そんな場所で食器に当たらず走り続けなくてはならないような恐怖を人に持つようになりました。

そうしたら、人といる数なんて少ないどころか、家族以外の人脈なんてない方がいいって思うのは自然だったんです。